正月の準備は子供たちにとって、せわしないが、心躍る楽しい作業であった。一年間のすす払いと大掃除が終わると、いよいよ正月の飾り付けやお供え物の準備である。松飾りに使う松は持ち山に入り、姿かたちのよいものを伐り出してくる。座敷の次の間の鴨居の2個所から縄を下げ、幅1尺5寸、長さ2間の棚を吊るす。この棚の両端に縄で支えて松を立てる。灯明、お神酒、大みそかと新年に使う箸、魔よけのヌルデを削って作った刀、ミカンなどの供え物などを所狭しとこの棚に並べる。座敷のふすまは開け広げて、座敷からこの棚が見えるようにしておく。座敷に入る人はまずこの燈明と松飾りを必ず拝んでから入る。養蚕の火鉢の煙で黒光りしている簗とむき出しの高い天井のもと、寒々しいが厳粛感のある正月飾りである。ここに供えられている魔よけの刀は、1メートル程度のヌルデを伐り出してきて作る。ヌルデの刀の握りにあたる部分は皮をそのままにしておき、刃にあたる部分のみを皮を全て削る。削った部分に1本の藁をたすき掛け掛けに巻きつけ、刃の部分を白樺の皮を燃やして、真黒に油煙を付ける。巻いた藁を取り去れば、たすきがけにヌルデの生地が白く見え、神聖な刀ができる。大晦日と新年に使う箸は、柳とヌルデを使って、家族全員分作る。完成した箸は柳とヌルデに分けて、ひとくくりにして神棚に供えられる。柳は田圃や水辺に生えている泥柳の、箸として使えるまっすぐな部分を切り取ってきて、食べ物をはさむ部分のみを削って作る。ヌルデの箸はヌルデを割って、1本、1本削り出して作る。柳の箸は粘り強い生命を、ヌルデの箸は清新な生命を宿らせてくれるようにという願いが込められている。柳の箸を大晦日に、ヌルデの箸を元旦に使ったように思うが、この点はもうひとつ記憶が定かではない。
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